ホーム → IRなどについての文献メモ → 石本雄真・真田樹義・小沢道紀・小野勝大・辰野有・川那部隆司・鳥居朋子(2014).学生自らの学習改善への貢献からとらえなおした学習成果測定結果の活用:学生個人へのフィードバックの試み
公開日:2014年7月23日
学生の学習が改善されることを目的として、学習成果の測定結果をフィードバックする。現状のフィードバックプロセスには問題点がある。データのフィードバック先が教職員であるため、学生にとっては自分の回答が学習の改善につながっているという感覚を得にくい。また、フィードバックされるデータが個別の学生の値ではなく、全体的な集計の値であるため、学生にとっては、自分の問題として意識することがむずかしい。そこで、学生に直接データをフィードバックした。また、フィードバックするデータは全体的な集計の値ではなく、個別のデータにした。
業務で学生さんの学習成果のデータを扱うことが多くあります。IRを行うときには実態の把握だけではなく改善につなげるという視点が大切[1]なので、目的を持たずに集計をするのではなく、どうすれば学生さんの役に立つ情報になるかという視点で集計することを心がけています。そこで、得られたデータをどのように加工し、またどのように学生さんに届ければ、役立つ情報になるのかを知りたいと思い、読んでみることにしました。
読んでみると、平均値ではなく個別の値を個人に直接提供することで、情報を自分のこととして受け取ってもらいやすくなるということが書かれていました。フィードバックの方法として参考になりそうです。また、どのような提示の仕方をすれば自分のこととして受け取ってもらいやすいかは、これから探っていこうと思います。
http://hdl.handle.net/10367/5278
○問題・目的
- 学修成果測定で得られたデータ
・ 現在の学生の到達点を示すもの
・ 複数回のデータであれば学習の軌跡を示す
・ 学生自らが学習改善を行う上で非常に重要
- しかし学生自らの学習改善行動を目的とした学習成果測定結果のフィードバックは日本国内ではほとんど見られない
- 立命館大学で行われている学習成果測定「学びの実態調査」のフィードバック
・ 学部の教職員に対するフィードバック
・ 広く大学関係者に対するフィードバック
- 学部の教職員に対して行われるフィードバックの階層(Kawai, Torii, Kawanabe, & Ishimoto, 2013)
・ 第1段階
- 速報的な意味合いをもつ単純集計のフィードバック
・ 第2段階
- 基本的なフォーマットに従った形での分析結果のフィードバック
・ 第3段階
- 学部からの要望に応じた追加分析のフィードバック
- 学部の教職員はフィードバックで得た情報を基に教学改善を行う
・ 結果的に学生の学習改善に還元される
- 現状のフィードバックプロセスの問題点
・ 学生の立場から
- 学部の教職員へフィードバックされる方法
・ 学生の回答が学習改善に活かされるまでに長い時間を要する
- 広く大学関係者へフィードバックされる方法
・ 示された結果を自分の問題として意識することが難しい
- 複数学部をまとめた形で分析されるため
・ 教職員の立場から
- 学部の教職員へフィードバックされる方法
・ 学生個々人の指導に活かし、学生自らの学習改善を促すことが困難
- 個別の学生の結果がフィードバックされないため
- 広く大学関係者へフィードバックされる方法
・ 当該学部の現状を知ることができない
- 複数学部をまとめた形で分析されるため
- 現状のフィードバックプロセスの問題点まとめ
・ 学生に直接フィードバックするルートがない
- 学生が持つ課題への対策を行うタイミングを逃す可能性がある
- 学生にとっては、自分の回答が学習の改善につながっているという感覚を得にくく、学習改善の動機づけにつながりにくい
・ 集計データだけがフィードバックされる
- 学生にとっては、自分以外の誰かのデータという感覚になりがち
- 教員にとっては、具体的な学生の姿と結びつきにくく、個別の学生指導に活かすことが難しい
- 以上の問題は「学びの実態調査」に限らず、広く学習成果測定のフィードバックプロセスが共有する問題
・ 解決のためには、学生に対して直接個別のデータを返却することが必要
- 例:保育実習における他者評価と自己評価をレーダーチャートで示し、個別指導を行っている(中島ら,2012)
・ 自らの評価が個別に可視化されることによって、学生が気づきを得る
・ 個別データのフィードバックは学生の学習支援にとって有効であることが予想される
・ 調査によって得られたデータを学生に還元することは調査に協力した学生への説明責任を果たすために有効
- 学習成果測定は学生に一定の負担を課すため
- 以降の調査への協力体制を醸成する上でも有効
- 以上のことから、本研究で行うこと
・ 学習成果測定「学びの実態調査」で得られた個人のデータを学生へ直接返却するシステムを構築する
- IRプロジェクトと学部の連携で行う
・ その経緯と意義について報告する
・ 学生自らの学習改善を促すために利用するという試みの効果について検証を行う
○フィードバックに関するデータの概要
- 対象者
・ 3回生230名
- 立命館大学スポーツ健康科学部の1期生
- 学部全体では900名程度の比較的小規模の学部
・ 教員と学生の距離が近いことが特徴
- 返却対象としたデータ
・ 正課での成長感
- 「学びの実態調査」で得られたデータのうち、学生の正課での成長感を測定したもの
・ 回答の際、学籍番号の記入を求めているので、個人の特定・他のデータとの接続が可能
・ GPA
- 累積GPAを用いた
・ 1回生前後期・2回生前後期・3回生前期の計5時点
○フィードバックを実施するに至った他の要因
- 「どのような情報があれば学習促進に役立てることができるのか」などについて学生から聞き取りをしている
・ 学生調査の開発のプロセスにおいて、IRプロジェクトが実施
○フィードバック方法
- 仮のデータを使ってサンプルのシートを作成した
- 予備調査のときにサンプルを学生に提示して好感度・理解のしやすさについて回答を求めた
- 学部担当教員からの意見
・ グラフの見方の追加
・ キャリアチャートとのつながりを可視化するために自由記述欄を設ける
・ 成長感の各指標について説明を追加 など
- フィードバック資料の様式
・ A4判×1枚、両面刷り
- 一覧性を重視したため
・ 正課での成長感、GPAそれぞれのデータを掲載
・ 個人がこれまでの学習や正課外での活動を振り返るための自由記述欄
・ 名称は「学びのあしあと」
- 紙面上に足跡のアイコン
・ 成長感についてレーダーチャートで表示
・ GPAを折れ線グラフで表示
- 学部の平均も記載
- 返却方法
・ 教員が担当ゼミ内で返却
- 一部の教員はコメントを付して返却
○学生および教員の受け止めに関する調査方法
- 対象者
・ 学生:14名
・ 教員:2名
- 調査方法
・ 学生:10名弱のグループでの聞き取り調査
・ 教員:2名同時に聞き取り調査
・ あらかじめ用意した質問内容に沿って質問した
・ 対象者の「学びの実態調査」を用意して聞き取り調査の前に配布した
- フィードバックの実施から数ヶ月経過していたため
○学生および教員の受け止めに関する調査結果
<学生>
- 「学びのあしあと」を受け取ったときの印象
・ 受け取ったことを覚えていないとの回答が多かった
- 振り返りにつながったかどうか
・ 一時的には振り返るが、その振り返りが学習改善の行動につながらない
・ 回答から時間が経過しているため、現時点の課題としてとらえることが難しい
・ 結果だけではなく「こうした方がよい」といったような行動の指針があれば学習改善の行動につながったかもしれない
- レーダーチャートで示された成長感
・ 印象や考えたことは、あまり強く感じていない
- 正課における成長感だけが示されているため
・ 正課よりも正課外の活動において成長したと感じている
・ 客観的な点数ではない(自分で回答した結果であるため)ので、示されている点数を信じてよいかわからない
- 就職活動との関連性
・ レーダーチャートが示している強みの部分
- 自己アピールによい
・ 就職活動中に行う自己分析と比較することができる
- ただし自分で回答した結果であるので信用してよいかわからない
・ 成長感について、教員からのコメントがあれば参考にする
- 自己記入欄
・ 強制がないと記入しようと思わない
<教員>
- 返却方法
・ 成長感の一部の下位尺度について、専門家でなければコメントしずらい
- 「学びのあしあと」を用いた学生指導について
・ どう指導に活かすのかについてのマニュアルやツールがないと指導に活かすことが難しい
・ 示されているようなデータを扱いなれていないので、結果から指導に結びつけることが難しい場合もある
- 学生の反応
・ 受け取ってすぐに他の学生に見られないように隠していた
・ 学生同士で見せ合って結果について盛んに話し合っていた
- 「学びのあしあと」の改善点
・ 返却時期について精査が必要
・ 成長感
- 変化とキャリアパスの結びつきについてのモデルがあると指導・アドバイスがしやすい
- レーダーチャートの目盛が大きいので小さな変化が反映されにくい
・ 調査時に「個人に返却します」と明示することで、何のための回答かが明確になり、正確な回答が得られるのではないか