ホーム → IRなどについての文献メモ → 羽田貴史(2005).高等教育の質保証の構造と課題:質保証の諸概念とアクレディテーション
公開日:2014年10月30日
高等教育の質保証(quality assurance)は今日の高等教育ガバナンスと個別大学におけるマネジメントの大きな課題。日本では80年代に大学教育の改善方策としてアメリカのアクレディテーションが「大学評価」と翻訳されて、制度化された。また、90年代後半の行政改革のプロセスにおいて「行政評価」が導入され、設置形態を問わず高等教育行政全般に影響している。2004年には、政府の認証を受けた機関による第三者評価制度(認証評価)が施行された。評価と質保証の概念には混乱がある。 「評価」という用語を使って多様な活動や異なった概念を表している。[アカウンタビリティのための評価]と[改善のための評価]は対立・葛藤する。元々、アクレディテーションは社会に対する説明責任というより、機関の改善に役立てるものであった。 質保証は全く新たな制度を導入するものではなく、伝統的な構造を再編するもの。
業務で認証評価の報告書の作成に関わっています。認証評価は質保証の1つの構成要素です[1]。そのため、質保証についての基礎知識を得ようとして、関連する文献・資料を読む機会が多くあります[例えば2, 3]。その中で「質保証」という用語がいろいろな意味で使われているように感じ始めました。そこで、「質保証」の定義について詳しく書かれた文献を読んでみることにしました。
[一定の基準を達成していることを対外的に示すための評価]と[内部で改善を行うための評価]が混同されやすいと書かれていました。「質保証」という用語に感じていた違和感は、その混同が原因でした。これから質保証についての取り組みに関わっていくときは、区別をしていこうと思います。
http://rihe.hiroshima-u.ac.jp/tmp_djvu.php?id=66282
■ 質のコントロールから質保証(quality assurance)へ
- 高等教育の質保証(quality assurance)は今日の高等教育ガバナンスと個別大学におけるマネジメントの大きな課題
- 各国の状況
・ アメリカ
- 80年代
・ TQM/CQIに代表される個別大学のマネジメントが課題(Birnaum, 2001)
・ 高等教育におけるアカウンタビリティ問題が生起
- 90年代
・ 外部の質保証メカニズムに焦点が移った
- その主要なツールはAccreditation
・ ヨーロッパ
- ボローニア・プロセス(Schwarz & Westerheijden, 2004)
・ 学位の導入とアクレディテーション機構による質保証とが一体化して進行
・ 国民国家の伝統的な質保証メカニズムや高等教育概念と葛藤と調整を経ながら制度化が進行
- 西欧・東欧・北欧各国で高等教育の構造と質保証のメカニズムは多様
・ 国家レベル,個別機関レベルのマネジメントへ与える影響が一律ではない
- 伝統的に政府が質保証の主体であったため、下記の2つの関連・相違をどのように理解するかが問題となってきた
・ 政府の認可によって大学としての存立の権利(the right to exit)
・ アクレディテーション
- ENQA(欧州高等教育質保証協会、2004年11月にThe European Association for Quality Assurance in Higher Educationに改称)が用語の定義に力を入れている
・ accreditation、approval、evalution、recognition、authorizationなど
■ 日本の政策動向
- 80年代に大学教育の改善方策として、アメリカのアクレディテーションが「再発見」された
・ 臨時教育審議会答申と大学審議会答申によって、「大学評価」と翻訳され、制度化された
- 90年代後半の行政改革のプロセスにおいて、「行政評価」が導入された
・ 行政サイクルに評価が位置づけられてきた
- 独立行政法人制度(1999年)、政策評価制度(2001年)、国立大学法人制度(2004年)など
・ 設置形態を問わず高等教育行政全般に影響を及ぼす
- 結果として、高等教育機関を取り巻く重屑的な評価制度が成立することになった
- 高等教育機関全般にかかわるもの
・ ①自己点検・評価(学校教育法69条の3①),
・ ②認証評価(同条②)
・ ③専門職大学院の認証評価(同条③)
- 国立大学法人にかかわるもの
・ ④国立大学法人評価委員会の業務実績評価(国立大学法人法9条、教育研究については大学評価・学位授与機構の評価)
・ ⑤総務省政策評価・独立行政法人評価委員会の評価(同36条により通則法32条の準用)
- 事後統制の機能を持つもの
・ ⑥監事による業務監査(同11条)
・ ⑦会計監査人による会計監査
- 高等教育機関に間接的に影響を与える評価制度
・ ⑧「行政機関が行う政策の評価に閨する法律」(2001年6月)に基づく文部科学省政策評価
- 政府の認証を受けた機関による第三者評価制度(認証評価)が2004年から施行された
・ ヨーロッパと同じく政府が質保証の主な担い手
・ 新たな質保証の枠組みが導入されることで、旧来の質保証にかかわる多様な制度との関係や葛藤が予測されるが、議論は十分ではない
- 認証評価制度の目的は大学の自己改善を促して大学の教育研究水準の向上を図ること
- 第三者評価制度の創設を提言した大学審議会答申(1998)では、評価結果を資源配分に関係付けることも提言している
・ しかしどのような方法で実行できるかなどが明確ではない
■ 評価と質保証の概念をめぐる混乱
○「評価」の2つの潮流
- 「評価」という用語を使って多様な活動や異なった概念を表している
・ 評価結果の数値化、序列化、格付けと同義に理解する傾向がある
- 山谷清志(1997, 2002)
・ 今日使用される「政策評価」の概念には「異種混合」とも言うべき状況が生まれている
- 評価研究(evaluation research):政府の活動やプログラムの結果・影響を把握してプログラムの改善に焦点
- 業績検査(performance audit):アカウンタビリティ概念の発展とともに、政府プログラムの目標達成状況に焦点
- 高等教育における「評価」にも、この異種混合状況が現れている
・ 「評価」に関するさまざまな概念と機能を明確にしなければ、評価活動に無理な機能を付与したり混乱が生じたりする
- [アカウンタビリティのための評価]と[改善のための評価]とは対立・葛藤を含むもの(Brennan & Shah, 2000)
・ 機関としての大学やプログラムが高等教育機関として十分な水準を備えているかどうかの評価(アクレディテーションに限らない)は基準に照らして判定されればよい
・ 自己点検・評価の場合は、具体的な改善課題が提示されればよい
- アカウンタビリティのための評価は大学の自律性や教育研究活動の多様性とぶつかる
・ 設定された目標や計画の実施状況・達成状況の査定を伴うため
・ アカウンタビリティは、あらかじめ設定された価値を前提としている(西尾,1990)
- 元々、アクレディテーションは社会に対する説明責任というより、機関の改善に役立てるものであった
・ 機関のパフォーマンスを改善する機能と,機関の質を保証する機能の間の矛盾が拡大しているとの指摘(Trow, 1994; Graham, Lyman, & Trow, 1995, 1996; Murray, 2001)
・ ところが、大学外の諸勢力がアカウンタビリティを求めるようになった
・ その結果、90年代のアメリカ州立高等教育機関には、パフォーマンスを基盤にしたイニシヤチブが導入されるようになった(Burke, 2002)
- 実績報告、実績による予算決定、実績による資金配分など
- TQMが失敗した理由(Birnaum, 2001)
・ TQMの目的は生産物の質のばらつきをコントロールすること
・ しかし、大学における活動の質・分野は多様
・ そのため、TQMが不適合であった
- 機関外の質保証の枠組みが機関レベルでの質マネジメントに転化して、TQM同様に価値の共有化を促進すると機関内の葛藤が発生する(Brennan & Shah, 2000)
・ 法人評価であれ認証評価であれ、質保証制度として機能するには、この点をクリアしなければならない
○アクレディテーションと「評価」の概念
- 現在、質保証の主な方策はアクレディテーション
・ 日本の認証評価制度もそのひとつ
- 大学評価・学位授与機構はAccreditation(Ninsho-hyoka)と翻訳している
- 大学において「評価」の概念が高等教育行政に登場してきたきっかけ
・ 日本私立大学連盟が1975年から大学問題検討委員会第6分科会を設置
・ その中で私立大学の充実向上の方策を検討
・ 同分科会は3年間にわたる調査研究活動を『私立大学の相互協力と自己点検-教育・研究の質的向上をめざして-』(1977年)にまとめた
- その中で自己点検を行うことを提唱した
- それを評価活動とも呼んだ
- 同時期に大学基準協会は協会のあり方をアメリカの地区基準協会に求め、調査活動を行った(1978年)
・ アメリカのアクレディテーションを「自己評価」「相互評価」と呼んだ
・ 「大学の自己評価委員会」を設置した(1979年)
・ 「大学の自己評価に関する中間報告書」を取りまとめた(1981年)
・ ここでアクレディテーションも「評価」に包括された
- 「大学評価」という言葉を普及させ、制度化したのは、臨時教育審議会第2次答申(1986年4月23日)
・ 当時、国立大学は審議会内外の新自由主義者によって、民営化を迫られていた
・ 臨教審は国立大学の民営化ではなく、評価による改善・質の向上を選択した
・ 最終答申では「大学自身が教員の教育・研究上の業績評価に積極的に取り組み・・・教員相互に自己努力を重ねることが望まれる」と提言した
- その後発足した大学審議会の答申「大学教育の改善について」(1991年2月8日)
・ 大学自身による教育研究活動についての自己評価を行うことを答申
・ 大学設置基準に盛り込まれて大学の自己点検・評価がスタートした
- 形成されていったイメージ
・ 「自己評価」→「相互評価」→「第三者評価」と単直線で発展するかのような図式
・ 後者の方が客観性が高い
■ 日本の文脈における課題
- 日本の文脈で質保証を確立するにあたっての重要な論点
・ アクレディテーションでアウトカム評価が導入されることにより生じている変化を検討する
- 異種混合が進んでいる日本の評価制度に示唆を与える
・ 認証評価が公立大学における業績評価にも活用されることが規定されている(地方独立行政法人法第79条)
・ 業績検査としての性格が強い国立大学法人の評価に評価研究としての改善のための評価が指示されている
・ 質保証は全く新たな制度の導入ではなく、伝統的な構造の再編
- 入り口管理の動向、学位の質保証による出口管理が示唆となる
・ 質保証は国境を越えた共通化・標準化が進行している
- 個別国家の質保証をはじめとする高等教育のガバナンスを変容させている
- また、機関レベルにインパクトを与えている
- どのような葛藤が起き、調整が行われるかは日本の課題を検討する上で重要