ロゴ

ホーム → IRなどについての文献メモ → 中島英博(2010).経営支援機能としての経営情報システムの必要性に関する実証分析:米国のインスティテューショナル・リサーチに注目して

中島英博(2010).経営支援機能としての経営情報システムの必要性に関する実証分析:米国のインスティテューショナル・リサーチに注目して 高等教育研究,13,115-128.

公開日:2014年10月28日 

概要

大学経営における意思決定と組織文化は日米で違うというのは必ずしも適切ではない。戦略立案上の重要な情報をトップ自らが収集するチャンネルを持っているかが、IR室の機能に影響している。IR室の階層は基礎的業務部分と専門的業務部分の2階建て。トップマネジメントの多くを学内から輩出している大学では、トップマネジメントが組織内の情報を持つ人とネットワークチャンネルを構築しているため、専門職人材を持った専門組織としてのIR室が必要になるとは限らない。IR室に期待される機能は、学内において経営の意思決定支援に必要な情報を持つ者同士のネットワークの構築を担うこと。

読もうと思った理由・感想

IRで何をどこまで扱うのかは、大学によって異なります[1]。そこで、IR担当部署の役割や機能などを決めているのは、具体的にどういうものがあるのかを知りたいと思い、読んでみることにしました。

日本ではIRを進めていくために、高度なスキルや幅広い視野を持ったIRの担当者を育成していくことが課題と言われています[2]。それに対して、この文献では[トップマネジメントが組織内の情報を持つ人とネットワークチャンネルを構築している大学では、専門職人材を持った専門組織としてのIR室が必要になるとは限らない]という内容が主張されていました。どちらにしても、IRを継続させていきたいときは、特定の個人だけに頼らずに組織としてIRを行う体制が必要になると思います。その場合、IR担当者を組織として育てる仕組みを作るのがよいのか、トップマネジメントが交代してもネットワークチャンネルを維持できる仕組みを作る方がよいのか、もしくはどちらも強化していくのか、各大学の状況に合わせて決めていく必要がありそうです。

詳細

 ○背景と目的
   − IR室が担う機能(Thorpe(1990)の9分類)
     1. 計画策定支援
     2. 意思決定支援
     3. 政策形成支援
     4. 評価活動支援
     5. 学生意識調査等の個別テーマの調査研究
     6. データ管理
     7. データ分析
     8. 外部レポート
     9. 内部レポート
   − 日本のIR研究の多くは5〜9に注目して諸外国の事例を分析した者が多い
     ・ 鳥居(2007)、野田(2009)、森(2009)、江原(2009)など
     ・ 日本においても高等教育機関の成果の測定と、それを支えるデータ収集の必要性が指摘されている
   − 経営支援機能を担う人材の育成と経営情報システム(データウェアハウス)の重要性を指摘(森他,2009)
   − 戦略計画に必要な情報が組織内で流通するチャネルが作られている組織の特徴(Saloner et al., 2001)
     ・ 経営情報を扱う専門の部署を持たなくてもトップマネジメントの戦略計画立案機能が制限されることはない
   − 日本のトップマネジメントの特徴(酒井,2008)
     ・ 多くが幅広い部署での長期間のOJTによる訓練を経て内部から昇進している
     ・ そのため、戦略立案上の重要な情報を自ら収集するチャンネルを多数保有している
   − 大学経営における意思決定と組織文化は日米で違うというのは必ずしも適切ではない
     ・ 日本:データより経験を重視すると言われる
     ・ 米国:経験よりデータを重視すると言われる
     ・ 戦略立案上の重要な情報を自ら収集するチャンネルを持っているかが影響している
   − 本稿で行うこと
     ・ [IR室の経営支援機能としての役割]と[大学の組織文化]の関係を定量的に把握する
       − 学内の情報流通チャンネルを持つトップがいるほど、IR室の機能が縮小するかを検討する

 ○分析の枠組みとデータ
   − 変数
     ・ 室員数
       − IR室に所属し、IR関連業務を行うフルタイムの教職員数
       − 室長を含む
     ・ データウェアハウス設置ダミー
       − 組織経営における意思決定支援のためのデータベースと分析ツール群の有無
       − あり(値1):IR室が管理するデータウェアハウス、全学的に管理されているデータウェアハウスを設置しているもの
     ・ 教員数
       − 組織の複雑さを表す
       − 大学間で部署の数を単純に比較することができないため、次善の代理変数として使用する
     ・ 学長の学内教員経験年数
       − 現在の学長が学長に就任する前に教員として赴任し、在籍した年数
       − 組織内の情報流通チャンネルの大きさを表す
     ・ 学長の学内役職経験ポスト数
       − 現在の学長が学長に就任する前に全学的な管理職についた数
       − 学部長、副学長、学長補佐が対象
     ・ 学長の学内役職経験年数
       − 現在の学長が学長に就任する前に全学的な管理職についた年数
     ・ 学長の在任年数
     ・ 過去2代含む平均学長在任年数

 ○実証分析
   − 組織内の情報流通量がIR室員数に与える影響
     ・ 教員数、学長の学内教員経験年数、過去2代含む平均学長在任年数の効果が大きかった
       − とくに教員数の効果が大きい
     ・ 教員数の効果を一定にして他の変数の効果に注目した結果
       − 学長が過去に役職者の経験をすればするほど、あるいは平均的な学長の在任年数が長いほど、IR室員数が小さい
         ・ 約8年の役職経験が1人の室員減に相当
     ・ 結果から読み取れること
       − 学長を含む学内の役職経験
         ・ [専門部署に依存せずに、経営の意思決定に必要な情報を入手できる環境]を構築するのに役立っている可能性がある
   − 組織内の情報流通量が経営情報システムの設置に与える影響
     ・ 組織内の情報流通量が多い組織では、経営情報システムの設置率は上がるかを調べた
     ・ 教員数と学長の学内教員経験年数が有意
       − 教員数が1%増えることで、経営情報システムが設置される確率は約20%上がる
     ・ 教員数の効果を一定にして他の変数の効果に注目した結果
       − 学長の学内教員経験年数が1年増えると、経営情報システムが設置される確率は約2%下がる
     ・ 結果から読み取れること
       − データウェアハウスに格納されている情報
         ・ 事実データがほとんど
           − 外部のデータベースとの連結、経営上の問題発見をしている大学はほとんど見られない
       − 学内教員としての経験によって組織の事実データを得ることで情報システムの設置確率を下げている
   − IR室の階層は2階建て
     ・ 基礎的業務部分と専門的業務部分
     ・ 室員数にかかわらず基礎的業務を担う機能を持っている
     ・ 室員数が多いIR室は経営の意思決定支援を担う専門性を持つようになる

 ○実証分析の含意
   − 学長に就任する前に学内で教員の経験、管理職(学部長・副学長など)の経験を持つ学長がいる大学の特徴
     ・ IR室の役割が小さく、経営情報システムを持たない傾向がある
       − 組織内の情報流通量が経営支援機能としてのIR室の状態や経営情報システムの有無を左右している
   − トップマネジメントの多くを学内から輩出している大学の特徴
     ・ トップマネジメントが組織内の情報を持つ人とネットワークチャンネルを構築している
     ・ そのため、専門職人材を持った専門組織としてのIR室が必要になるとは限らない
       − データの収集と提供といった基礎的機能に特化すればよいことを示唆
   − 本稿の結果が示すこと
     ・ 学生調査の充実としてのIRの方向(森,2009)を支持する
     ・ 経営視点の専門部署としての機能強化、それに伴うIRの専門職人材の育成(小湊・中井,2007;森他,2009)を支持しない
   − IR室に期待される機能
     ・ 学内において経営の意思決定支援に必要な情報を持つ者同士のネットワークの構築を担う

 ○文献

HTML5 CSS Level 3