ホーム → IRなどについての文献メモ → 大森不二雄(2014).教学マネジメントをめぐる日・英の政策動向:「経営」は「質保証」をもたらすか
公開日:2019年11月6日
『高等教育研究』書誌情報(J-STAGE)
大学教育改革の鍵概念となっている教学マネジメントと内部質保証について,英国の政策と実態を分析・考察する。英国では,日本を含むほとんどの国々に先んじて,全国的な制度・政策として学習成果重視の質保証システムが構築されてきた。政府主導の質保証の先行事例と言って差し支えない。関連研究のレビューの結果,外部質保証への対応と内部質保証の取組がコンプライアンスにとどまっていること,学習成果に直接結び付く教授・学習過程にインパクトをもたらすに至っていないことが明らかとなった。
○ 概要
- 教学マネジメントと内部質保証
・ 大学教育改革の鍵概念となっている
・ 本稿では英国の政策と実態を分析・考察する
- 経営機能の強化は,質保証の実質化の必要条件であっても,十分条件ではない可能性
- 質保証の取組がコンプライアンスにとどまり,教授・学習過程にインパクトをもたらすに至っていない
○ 背景―大学「教育」改革の流れ
- 近年の大学改革
・ 教育の質保証や学習成果を旗印とした大学「教育」改革に焦点が当たっている
・ 2008年の中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」
- 「三つの方針(ポリシー)」の明示を求めた
- 「学士力」を示すなど,教育に踏み込んだ改革を迫った
・ 学士課程共通の学習成果に関する参考指針
- 受動的な受講から能動的な学修への質的転換
・ 2012年の中教審答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」
- 質的転換の要件として学生の学修時間の増加・確保を求めた
- マクロなシステム・レベルの改革からミクロ・レベルへの政策関心の移動を意味する
・マクロ・レベル
- 国立大学等の法人化,設置基準・設置認可の規制緩和等
・ ミクロ・レベル
- 各大学内の学位プログラムや授業科目
- 海外で先行した政策動向を採り入れようとしたもの
・ 「学習成果」(ラーニング・アウトカムズ)の重視
・ 学習成果に基づく「学位プログラムの体系化」
・ それらは英語圏諸国をはじめとして世界的趨勢となっている(大森,2010a)
- 国際的潮流の淵源には,英国の高等教育改革を規定してきた「デアリング報告」(NCIHE, 1997)がある
・ 同報告の背景
- ポリテクニク等の大学への昇格等による1990年代の急速な高等教育の大衆化への政策対応
- 教育の目的・内容・方法に関する経済・社会へのレリバンスの要求
・ 同報告の内容
- 高等教育の拡大に必要となる授業料導入等を提言した
- 大衆化した高等教育における教育内容や教授法の改善及び教員の能力向上を求めた
- 従来の高等教育政策では必ずしも重視されなかった「教授・学習」に政策関心を向けた
・ グローバル化と知識社会への移行の中で,経済競争力の強化を図る政策意図がある(大森,2010b)
- 学位プログラムの「体系化」
・ 意図する学習成果を生み出せるよう,プログラムの構成要素(教育課程,教授・学習活動,成績評価等)を「システム的に統合」すること(大森,2010a)
・ 過去,既に筆者が論じていたこと
- プログラムの体系化を中心課題として捉えていた(大森,2005a)
- 体系的プログラムと内部質保証の関連(大森,2007)
○ 日本における「教学マネジメント」をめぐる政策言説
<教学マネジメント>
- 学士課程答申
・ 本文中に「教学経営」という用語が5回登場する
・ 「学部・学科等の縦割りの教学経営」から「全学的な教学マネジメントの確立」へという課題意識が看取できる
・ 「三つの方針」による「学士課程教育の構築」すなわち「学位プログラム」の体系化は,「教学経営」において実現されると位置付けている
- 質的転換答申
・ 本文中に「教学マネジメント」という用語が11回登場する
・ 学士課程教育の質的転換への方策の一つとして,「全学的な教学マネジメントの確立」を挙げた
・ 論の展開
- 「学生の能力をどう伸ばすかという学生本位の視点に立った学士課程教育へと質的な転換を図るためには,教員中心の授業科目の編成から学位プログラム中心の授業科目の編成への転換が必要である」
- 「このような全学的な教学マネジメントの確立のためには,学長のリーダーシップによる全学的な合意形成が不可欠であり,それを可能とする実効性ある全学的なガバナンスと財政基盤の確立が求められる」
- 「プログラムの改善・進化という一連の改革サイクルが機能する全学的な教学マネジメントの確立を図る」
・ 「学習成果」に基づく「学位プログラム」の体系化のための改革サイクルを機能させるために「教学マネジメント」の確立が肝要との認識
・ 「教学マネジメント」が「全学的」であることや「学長のリーダーシップ」を繰り返し強調する
<内部質保証>
- 学士課程答申
・ 内部質保証は,この答申で登場した
・ 大学に求めたこと
- 「自己点検・評価のための自主的な評価基準や評価項目を適切に定めて運用する等,内部質保証体制を構築する」取組
・ 認証評価機関に求めたこと
- 「恒常的な内部質保証体制が構築されているか否かのチェック」
・ 国に求めたこと
- 「内部質保証体制が備わっていない大学に対する財政面等における厳格な対応」
- 質的転換答申
・ 「内部質保証」と「教学マネジメント」の関連性を示している
- 「各認証評価機関の内部質保証を重視する動きを踏まえ,全学的な教学マネジメントの下で改革サイクルが確立しているかどうかなど,学修成果を重視した認証評価」を要求
・ しかし,「教学マネジメント」と「内部質保証」は生い立ちが異なる
- 教学マネジメント
・ 「大学教育改革」の文脈において登場した概念
- 内部質保証
・ 「大学評価」において急浮上した概念
- 評価機関ごとに内部質保証の定義が異なる
・ 大学基準協会(2013:4)
- 「PDCA サイクル等の方法を適切に機能させることによって,質の向上を図り,教育・学習その他のサービスが一定水準にあることを大学自らの責任で説明・証明していく学内の恒常的・継続的プロセスのこと」
・ 大学評価・学位授与機構(2011:43)
- 「高等教育機関が,自らの責任で自学の諸活動について点検・評価を行い,その結果をもとに改革・改善に努め,これによって,その質を自ら保証すること」
・ 定義を見ると,既に1999年に義務化された「自己点検・評価」とどう違うのか明らかではなく,殊更新しい概念として打ち出す意義が見えない
-大学基準協会
・ 「教育・学習その他のサービス」と対象を広く捉えている
- 大学評価・学位授与機構
・ 「自学の諸活動について点検・評価を行」うことは教育に限定されない
- 「教育の質保証」なのか,教育に限定しない「大学の質保証」なのかは,そもそも認証評価制度が抱えてきた曖昧性がもたらしている
- 日本では大学の役割・機能である教育・研究・社会貢献等を広く評価する「大学評価」として,「質保証」が制度化されてきた
- 認証評価の法的な定義と制度運用の相違
・ 法的な定義
- 「教育及び研究,組織及び運営並びに施設及び設備」(学校教育法第109 条)を対象とし,教育に限定されず,研究等を含む
・ 運用
- 制度の運用に当たっては,教育を中心に大学を評価するものとなっている
・ この曖昧性が「内部質保証」の定義にもそのまま反映されている
- 認証評価機関の定義を見ても,「内部質保証」は未成熟な概念であると言わざるを得ない
・ 政策への対応を迫られている各学にとって,内部質保証システムは手探りの段階と言ってよい
- 実務的に,教学マネジメント/内部質保証は別々の学内組織の業務で担当することが多い
・ 教学マネジメントは教育業務
・ 内部質保証は評価業務
- こうした状況を反映し,国内の関連研究は未だ萌芽期にとどまっている
・ 早田・齊藤(2011),早田(2013)
- 内部質保証の検証を行う認証評価機関の取組を考察している
・ 宮浦ほか(2011),小原(2013)
- 特定大学の内部質保証の取組事例を報告している
・ 杉本ほか(2013)
- 米・英・豪・欧の大学の内部質保証の事例紹介等を行っている
・ 管見の限り,日本で最初に内部質保証の概念を学術論文で使用したのは大森(2005b)
- 英国ノッティンガム大学及び豪州モナシュ大学のマレーシア校の事例分析
- 「教学面については,基本的に大学本校がコントロールし,カリキュラム,試験,教員等の面で,内的質保証を図り,出自国の大学としての特性を保持しようと努めている」
・ ここでいう「内的質保証」の意味
- カリキュラム,試験,教員等の教学マネジメントを通じて教育の質を確保すること
- 執筆当時,“internal quality assurance”の定訳は未だ無かった
- 「内部質保証」について,「自己点検・評価」にとどまらず,「教学マネジメント」を包含する広義の概念と捉えれば,両者の関連性が明確に見えてくる
- 日本では,「教学マネジメント」と「内部質保証」が重視されるものの,両概念は曖昧で理解が進まない
・ 大学は文部科学省や評価機関に求められた「業務」として「対応」する傾向にある
○ 先行事例としての英国の政策と現実
- 英国では,日本を含むほとんどの国々に先んじて,全国的な制度・政策として学習成果重視の質保証システムが構築されてきた
・ 政府主導の質保証の先行事例と言って差し支えない
- 内部質保証が,教学マネジメントを包含する概念として確立し,取組も定着しているのか検討する
・ 制度の概要と政策言説,大学における実態について紹介する
<教学マネジメント・内部質保証のガイドライン>
- 「アカデミック・インフラストラクチャー」と呼ばれる参照基準が機能している
・ 法的拘束力はないが,事実上の規制力を持った規範(ソフト・ロー)
・ 高等教育機関による「内部質保証」に対するガイドライン
・ QAAによって開発・提示された
・ 現在,後述する「質規範」(Quality Code)に改定され,移行期間中にある
・ 構成
① 高等教育機関の「行動規範」
・ 内部質保証の観点からの教学マネジメントのグッド・プラクティスのためのガイドライン
② 「高等教育資格枠組み」
・ 学位プログラム等の水準設定に関する参照基準
- 学位等の共通性を担保する
③ 「分野別ベンチマーク・ステートメント」
・ 学位プログラム等の水準設定に関する参照基準
- 学問分野別の知識・能力等とその実現のための教授・学習・評価を設定
- 学位に要求される能力等の基準を設定
④ 「プログラム仕様書」
・ 学位プログラム等の水準設定に関する参照基準
- プログラム修了者に期待される学習成果とその達成手段等について各大学等が課程ごとに簡潔に記述する
- 英国における「内部質保証」は,「自己点検・評価」よりも広義の概念
・ 日本でいう「教学マネジメント」を包含する概念
① 行動規範
・ 正式名称は「高等教育における教学の質及び水準の保証のための行動規範」
・ プログラムの質保証と授与する学位等資格の水準維持のたのガイドライン文書
- QAAが策定し,機関に供する
・ 内部質保証及び教学マネジメントに関わる諸側面をカバーしている
・ 10のセッションで構成される
- 大学院研究学位プログラム
- 他機関との提携による教育提供と柔軟・分散型学習(eラーニングを含む)
- 障害を持つ学生
- 外部試験員制度
- 教育に関する嘆願と学生からの苦情
- 学生の成績評価
- プログラムの設計,承認,監視及び見直し
- キャリア教育,情報,助言及びガイダンス
- 仕事に基づく学習及び職場学習
- 高等教育への入学
・ 各高等教育機関が教学マネジメントや内部質保証のために利用する
- 「行動規範」に基づき,各々の教学システムに沿ったマニュアル等を作成する
② 高等教育資格枠組み
・ 修了者が修得すべき知識・技能等の学習成果の一般的な指標を整理した文書
・ 学位等資格のレベル(学士,修士等)ごとに作成
・ 狙い
- 学位等資格の授与に要求される到達水準を維持する
- レベルごとの共通性を担保する
③ 分野別ベンチマーク・ステートメント
・ 学問分野ごとに分野特有の知識・能力及び汎用的スキル等を特定
- 学士課程では57分野で策定
- Can-do リストの形で列挙
・ その実現のための教授・学習・評価について記述
・ それらの能力等について学士の学位に要求されるベンチマーク基準を設定
・ QAAが高等教育関係者の協力を得ながら作成
・ 日本学術会議が策定している「教育課程編成上の参照基準」のモデルとなった
④ プログラム仕様書
・ 英国の各大学は,プログラムごとにプログラム仕様書を策定している
- 「意図する学習成果とその達成及び表示の手段に関する簡潔な記述」
・ QAAが同書に通常含まれるべき情報として挙げている項目
- プログラムの名称
- 学位等の名称
- 入学資格
- プログラムの目的
- 関連する分野別ベンチマーク・ステートメント
- プログラムの学習成果すなわち知識・理解やスキル等
- 学習成果の達成及び表示を可能にする教授・学習及び評価の方略
- プログラムの構造・要件・科目・単位等
・ 分量はA4で概ね2~4頁程度とコンパクト
・ 日本の「三つの方針」と同様の性格のもので,政策主導で導入された先行事例
・ 日本で英国のプログラム仕様書をモデルとしている大学
- 広島大学の「プログラム詳述書」
- 新潟大学の「プログラム・シラバス」
- 首都大学東京の「学位授与の方針(ディプロマ・ポリシー)」及び「教育課程編成・実施の方針(カリキュラム・ポリシー)」
<ガイドラインの理論的支柱>
- 同制度の基になったのは「構成主義的統合」(constructive alignment)という教授・学習理論
・ ジョン・ビッグス(Biggs, 1999)が提唱(Jackson, 2002; Jackson et al., 2003)
- JacksonはQAAによるプログラム仕様書の制度設計において主要な役割を果たした人物
・ 学生の「学習成果」を確保するため,教授法・評価法等の諸要素をシステム的に「統合」するアプローチ
・ 「構成主義的」と「統合」の2つの側面を有する(Biggs, 2005)
- 構成主義的
・ 適切な学習活動を通じて学生が意味を構成する
・ 教師から学習者へと伝達される何かではなく,学習者が自身のために創造する何か
- 統合
・ 教師の側が「意図する学習成果」を確保するために教授法や評価法を「統合」することが重要
・ 期待される学習成果の達成にとって適切な学習活動を支援する学習環境を設定すること
・ 教授法及び成績評価のための課題が,意図する成果のために想定された学習活動に統合される(aligned)こと
・ 諸要素のシステム的統合が本質
- 「学習成果」
- 「学習活動」
- 「評価」
- 構成主義的統合理論とプログラム仕様書のレベルは異なる(段差がある)
・ 構成主義的統合理論
- 個々の教員レベルでの授業改善が主眼
・ プログラム仕様書
- 制度レベルでの質保証の政策手段
- その段差を飛び越えて制度化のアイデアとする上でジャクソンが主要な役割を果たした
・ プログラム仕様書を通じて科目,プログラム,制度という3つのレベルでの統合を実現しようとした
・ Jackson(2002)
- プログラム仕様書を通じて,学習に関する教員チームの意図を分野別ベンチマーク情報に関連付ける
- 教員は,科目レベルの学習成果をプログラムレベルのそれに関連付けて創る
・ アカデミック・インフラストラクチャー全体の理論的支柱となっている
- プログラム仕様書や分野別ベンチマーク・ステートメント等
<英国の大学にも再び制度改革の波>
- 「アカデミック・インフラストラクチャー」から「質規範」への改編
・ QAAは2009年からアカデミック・インフラストラクチャーの評価・見直しを行った
・ 2011年6月の最終報告書で明らかにしたこと
- 内容の改正及び追加,全体の構造の再編を行う
- 「英国高等教育質規範」(UK Quality Code for Higher Education)へと改定すること
・ 2011年12月に「英国高等教育質規範」が公表された
- 質規範がアカデミック・インフラストラクチャーに取って代わる
- 「英国高等教育質規範」の構造
・ A部:アカデミックな水準の最低基準の設定及び維持
- 資格枠組み
- 分野別ベンチマーク・ステートメント
- プログラム仕様書ガイドラインの一部
- 行動規範の一部を吸収
・ B部:アカデミックな質の保証及び向上
- 行動規範の大部分を吸収
・ C部:高等教育の提供に関する情報
- プログラム仕様書ガイドラインの一部を吸収
- アカデミック・インフラストラクチャーを質規範に改編する理由(QAAの見解)
・ 高等教育関係者のための技術的道具として成功を収め,質保証にプラスの影響を与えてきた
・ そのため,その機能と内容は基本的に維持する
・ しかし,説明しやすく理解しやすいものにする上で改善の余地がある
- 学生や公衆が学位等の水準や学習の質に信頼を持てるようにする
・ 「水準」と「質」の違いをより明解にする必要がある
- 質規範における「アカデミックな水準の最低基準」と「アカデミックな質」
・ 「アカデミックな水準の最低基準」
- 学生が学位等の要件を満たすために示さなければならない,受入れ可能な最低限の達成レベル
・ 「アカデミックな質」
- 学生の利用可能な学習機会が学位等の獲得をどのくらいよく可能にするかに関わる
- 適切で効果的な教授,支援,成績評価及び学習資源の学生への提供を確保することに関するもの
・ 「水準」と「質」の区別を明確化している
・ それだけでなく,「水準」が各所で強調され,全般的に「水準」に従来以上の力点を置いている
- 制度改革の背景
・ 英国社会とりわけ政治家の間に広がった懸念があった
- 大衆化した高等教育の水準や質が維持されているのか
・ 2008年から2009年にかけて大きな議論となった
- 2008年6月にある大学の教授の講演がマスメディアの注目を引いたのがきっかけ
・ 質保証が強化される一方でアカデミックな水準が低下してきているという皮肉な状況を論じた
- 議論のイシュー(Brown, 2010)
・ 学位の等級のインフレ
・ 外部試験員の機能
・ 成績評価
・ 教員が学生に接する時間
・ 学生の学習時間
・ 剽窃
・ 入学許可
・ 留学生 など
・ 議会下院の委員会が調査を行う事態へと発展した
・ 2009年8月に同委員が発行した報告書『学生と大学』での指摘と提言
- 異なる大学で一等の学位を得た学生が同じ知的水準を達成したのかどうかという単純な質問に対し,学長たちが端的な回答を行えないという事態は受け入れられない
- 現在「質を保証している」機関すなわちQAAは,水準ではなく,ほとんど専ら過程に焦点を当てている.これは変えなければならない.
- 高等教育界のトップにおける文化の変革も必要である
・ 重要な疑問を調査しようという意欲を少しも感じなかった
- 一等又は二等の上の学位の占める割合が過去15年間にわたって上昇を続けている理由
- 同一の専攻分野の学生の学習時間が大学間で異なる理由 など
・ 批判に対して英国大学協会はアカデミックな水準に関する声明(Universities UK, 2010)を発表した
- 英国の高等教育は多様化しており,多様性こそ強み
- 初等中等教育と違って全国共通カリキュラムは存在しないし,存在すべきでもない など
<関連研究のレビューから浮かび上がる政策受容の現実>
- 「水準」と「質」をめぐる市民感覚との乖離
・ 「水準」の情報を求める政治家やメディアに対し,プロセスの「質」の保証で応えようとする高等教育関係者という構図
・ そのような構図になった経緯(Brink, 2010)
- QAAは「自治を守ろうとする大学側の激しい防御の結果」,水準の判定を避けた
・ 質保証機関による回答は分かりにくく,大学セクター自身は何の回答も提供しない
- 公衆に利用可能な唯一の分かりやすい回答は,新聞のランキングによって提供される回答という状況になった
・ 英国の高等教育の質保証は,ある程度の自律性を高等教育機関に許容するものであった(Hoecht, 2006)
- これが過度の文書化とチェック記入をもたらし,望ましい評価結果を得るためゲームになっていると割り切る者も少なくない
・ 世間一般の感覚は,質保証にとって素朴だが根本的な課題として無視できない
- 「ある大学がいい大学かどうか」
- イノベーションを妨げるコンプライアンス文化
・ 「質保証」(quality assurance)よりも大学関係者にとって受け入れやすい「質の向上」(quality enhancement)という概念も唱道されてきた
- 同アプローチが注目された背景に質保証への反発があった(Gosling et al., 2005)
・ 官僚的質保証は,「コンプライアンス(規範遵守)の文化」を生んだ
・ 手続・基準への同調性を促し,創造性や変化への感応の妨げとなっている
・ コンプライアンスとアカウンタビリティを強調する質保証の在り方に警鐘を鳴らし,質の向上への転換を提言(Hodson & Thomas, 2003)
- 1990年代の状況からすれば理解できる面がある
- しかし,経営陣レベルの名目的なポリシーにとどまってしまう
- 教育組織の営みや一般教員の意識に実質的なインパクトをもたらしていない
・ ただし,質保証には肯定的側面もある(Hoecht, 2006)
- 質保証が官僚的統制ではなく学習を促進することは可能
- 「アカウンタビリティと専門職的な自律性は対極にある必要はない」
- 英国でも教育現場における質保証の実質化は依然として課題
・ プログラム仕様書及び分野別ベンチマーク・ステートメントはカリキュラムにインパクトをほとんど及ぼしていない(Cheng, 2010)
- ある大学の5 学部7 学科の64 人の教員に対するインタビュー調査
・ QAAの分野別ベンチマーク・ステートメント及びプログラム仕様書については,よく知らない者や無関心な者も多い
・ それなりの知識のある者の約半数以上の現実
- プログラム仕様書に基づいてカリキュラムを設計していない
- 逆に従来のカリキュラムに合うようにプログラム仕様書を作成するペーパーワークとして処理されている
○ 考察―「経営」は「質保証」をもたらすか
- 以上の通り,英国でも,内部質保証を実質化する「教学マネジメント」は,依然として容易ならざる課的特質が障壁となっているの題
・ 企業的経営への転換が進んだとみなされる英国の大学に対する疑問
- ギルド的特質が障壁となっているのか
- あるいは,経営の強化が教育の質保証に結び付かないことを示唆しているのか
- 大学教育の「質保証」が必要とする「経営」
・ 学習成果に向けてシステム的に統合された大学教育を目指す改革は「ギルド」としての大学に対し,相性の悪い「経営」の必要性を突き付ける
- 「ギルド」としての大学にとっては,組織維持のための「管理運営」機能は必要だが,「経営」は不要だった(金子,2012)
- ところが,大学全体が教育の質を保証する責任を負うようになり,分節化した組織単位は変化に抵抗する
・ 人材需要や教育ニーズ等に柔軟に感応して,学習成果本位の学位プログラムを構築するには,ルースなシステムに慣れた教員や学部等は抵抗しがち(大森,2010c)
- 日本でも諸外国でも今日的課題となっていること
・ ルースに編成されたギルド的大学は,刷新すべき過去の遺物か
・ それとも,大学らしいルースさと機動的な意思決定を両立するマネジメントやガバナンス構造は可能なのか
- 英国における大学の経営機能の強化
・ 英国の大学経営
- 日本に比べ,同僚制的な学内の制約及び政府の統制から高い自由度を享受している(大森,2012c)
- 企業的経営は,全学レベルにとどまらない
- 部局レベルが必ずしも同僚制的というわけでもない
・ マネジメント
- 日本
・ マネジメントは,学長,全学,トップダウンというイメージで語られる
- 英国(Bolden et al., 2008)
・ 学科・専攻(Department)又は学部・研究科(Faculty/School)に予算・人事等の権限を委譲
・ 成果に対するアカウンタビリティを問う分権型マネジメントが広く普及
- 英国大学の経営は質保証をもたらしたか
・ 上述の通り,学習成果に向けてシステム的に統合された大学教育を目指す質保証の考え方は,「ギルド」としての大学とは相性の悪い「経営」を必要とする
・ 戦略経営が言われるほど進展した英国の大学経営は,内部質保証を実現する「教学マネジメント」という課題に応えるもののはず
・ 日本に比べれば,英国は,はるかに内部質保証システムが整備,運用されている
・ ところが,関連研究のレビューで次のことが明らかになった
- 質保証の取組がコンプライアンスにとどまっている
- 学習成果に直接結び付く教授・学習過程にインパクトをもたらす実質化に至っていない
・ その理由
- 依然としてそのギルド的特質が障壁となっている可能性(Bryman, 2009;高等教育におけるリーダーシップの効果・実績との結び付きに関する学術論文のレビュー研究)
・ コンセンサスによる意思決定を特徴とする同僚制的な要素も健在
- 経営機能の強化が教育の質保証に必ずしも結び付かない可能性
・ 戦略経営は,質保証の実質化の必要条件であっても,十分条件ではないのではないか
・ 大学の内部組織及び教職員には,コンプライアンスにとどまらない質保証の実質化へのインセンティブが欠けている
- 大学が質保証に注力したところで,ランキングのようにブランドの確立に結び付くことは期待し難い
- 研究大学優位の序列は,教育の質保証への取組とは無関係に,安定的に維持されやすい
・ 優位にある大学がプロセスやアウトカムの質について気に掛ける明白な理由はない(Baldwin & James, 2000)
- 学生の頭の良さが一定水準の学業成績を確保する
・ 入学時には選抜に使う成績の「標準」(偏差値)があるが,卒業時には存在しない
- そのため,大学間・学生間の序列は中間過程としての教育の質とあまり関係なく,安定的(大森,2011)
○ おわりに―日英比較の含意
- 日本は全学的な教学マネジメントや大学ガバナンスの有効性に素朴なまでに信を置く
- 大学の経営機能の強化と教育の質保証システムの整備の両面で先行した英国の経験が与える示唆
・ 経営機能の強化は,質保証の実質化の必要条件であっても,十分条件ではない可能性
・ 外部質保証への対応と内部質保証の取組が,コンプライアンスにとどまっている
・ 学習成果に直接結び付く教授・学習過程にインパクトをもたらすに至っていない
- それらは質保証の一筋縄ではいかない複雑性と困難を表している