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舘昭(2010).ボローニャ・プロセスの意義に関する考察:ヨーロッパ高等教育圏形成プロセスの提起するもの 名古屋高等教育研究,10,161-180.

公開日:2014年10月29日 

概要

2010年までに個々の国を越えた欧州高等教育圏(EHEA)を形成するというボローニャ宣言(1999年)が出された。その実現のため、ボローニャ・プロセスという行程が示された。ボローニャ・プロセスについて、目的設定・担い手・進捗状況の3つの側面から見るとともに、日本における政策上の関心と研究動向を分析し、日本への示唆を探る。ボローニャ・プロセスの目的は学位制度の整理、圏内の学生・卒業者・高等教育機関教職員の移動性の促進など。ボローニャ・プロセス全体の担い手はEU圏諸国が主導。ただし、ボローニャ・プロセスはヨーロッパを越えて広がっている。また、大学の主体的な活動が加わって展開している。ボローニャ・プロセスの進捗状況について、第1ジャンル「学位システム」では第1と第2サイクルの域内全体での実現は時間の問題、第2ジャンル「質保証」と第3ジャンル「認証、生涯学習、移動性」は相当な進展が伺える。ボローニャ・プロセスが我が国の高等教育改革に示唆することは、学位プログラムという見方の中で高等教育の再構築を図ることと、政府の主導の下にあっても大学と大学構成員が主体性を発揮する形で実施すること。

読もうと思った理由・感想

業務で認証評価の報告書の作成に関わっています。認証評価は質保証の1つの構成要素です[1]。そのため、質保証についての基礎知識を得ようとして、関連する文献・資料を読む機会が多くあります[例えば2, 3, 4]。それらを読んでいると、ボローニャ・プロセスの話が出てくることがあります。しかし、ボローニャ・プロセスが何なのか知識がありません。そこで、ボローニャ・プロセスについて詳しく書かれた文献を読んでみることにしました。

ボローニャ・プロセスの制度、進捗状況などを知ることができました。また、政府機関が主導するだけでなく、個々の大学や大学構成員などが主体的に参加しているということが書かれていました。ボローニャ・プロセスに限らず、物事を把握するためには、仕組みを理解するとともに、実際に取り組みが行われている現場を知ることも大切だと思います。今後は、個々の大学の具体的な取り組みなど[例えば5]についても調べてみようと思います。

原文

http://hdl.handle.net/2237/13493

詳細

■ はじめに
   - ボローニャ宣言(1999年)
     ・ ヨーロッパ各国の高等教育担当大臣がボローニャに集い、出した声明
       - 2010年までに個々の国を越えた欧州高等教育圏(EHEA)を形成する
   - ボローニャ・プロセス
     ・ 担当大臣会議によって行程化された、多様な参画者からなる、一連にして重層的な組織的行為
       - 担当大臣会議:ボローニャ宣言の目的を達成するために定期的に開催される
     ・ 46ヵ国が参加
       - ヨーロッパ連合(EU)を構成する27ヵ国より多い
       - アメリカの高等教育機関に匹敵(Adelman, 2009)
         ・ 機関数にして4千、学生数にして1千6百万人
       - 圏域の総人口は8億1千万人(アメリカの人口3億1千万人の約3倍)
   - Reinalda & Kulesza(2006)
     ・ ボローニャ・プロセスについて初めて研究的な視点で書いたとされる書
     ・ 「1999年の時点で、ボローニャ宣言によってヨーロッパの諸大学に劇的な再編が起こることを予見した者は、ほんの少数であった」
     ・ 「たった2頁の宣言が既存の構造の腐食を開始し、ボローニャ・プロセスとして知られる何かが21世紀のヨーロッパのアカデミアの基礎を築きつつある」
   - 壮大な目的を10年で達成しようという試みは実現が見込めない
     ・ ボローニャ・プロセスの実施主体が2009年の時点で、その目標達成を10年先の2020年に再設定している(European Ministers, 2009)
   - しかし、この10年間にヨーロッパ高等教育に重大な変化をもたらした
     ・ 今後のヨーロッパの高等教育改革を導くものとして定着した存在になっている
   - ボローニャ・プロセスの影響は、ヨーロッパだけに留まらない(Adelman, 2008)
     ・ 「ボローニャ・プロセスの幾つかの部分は、すでにラテンアメリカ、北アフリカ及びオーストラリアで模倣されている。」
     ・ 「ボローニャ・プロセスのコアとなる特性は今後20年間に高等教育の支配的なグローバル・モデルになるに十分な契機を持っている」
   - 本稿で行うこと
     ・ ボローニャ・プロセスについて、日本における政策上の関心と研究動向を追う
     ・ 非当事者の立場にあるアメリカの動向を検討する
     ・ ボローニャ・プロセスの特徴を3つの側面から追う
       - 目的設定
       - その担い手
       - 進捗状況
     ・ 中央教育審議会答申におけるボローニャ・プロセスの認識を分析・批判することで、日本にとってのボローニャ・プロセスの意義を探る

■ 研究動向と政策上の関心

 ○政策上の関心
   - 日本における関心は、あまり高いものとは言えない
     ・ ボローニャ宣言(1999)以降に出された大学審議会及び中央教育審議会の答申
       - 「グローバル化時代に求められる高等教育の在り方について」(大学審議会,2000)
         ・ ボローニャ宣言に関する言及はない
       - 「我が国の高等教育の将来像」(中央教育審議会,2005)
         ・ 「はじめに」での言及はあるが、本文中での言及はない
         ・ 補論での記述があるが不正確
       - 中央教育審議会への諮問「中長期的な大学教育の在り方について」(2008年)を受けての現在進行中の審議
         ・ ワーキング・グループ等の各作業の段階でボローニャ・プロセスの参照が行われている
         ・ 今後の答申等には、ボローニャ・プロセスを意識した内容の記載が増えることが予想される

 ○日本での研究の状況
   - 吉川裕美子(2003)「ヨーロッパ統合と高等教育政策-エラスムス・プログラムからボローニャ・プロセスへ-」
     ・ ヨーロッパ統合の過程の関連での高等教育政策の展開が示されている
     ・ ボローニャ宣言までの経緯が詳述されている
   - 津田純子(2004)「ヨーロッパ高等教育圏構想に関する諸宣言」
   - 木戸裕(2005)「ヨーロッパの高等教育改革-ボローニャ・プロセスを中心にして-」
     ・ ボローニャ宣言の背景となったヨーロッパの高等教育一般の状況
     ・ 2005年のベルゲン会議までの進展状況
     ・ ヨーロッパとアメリカの大学の対比
   - 木戸裕(2008)「ヨーロッパ高等教育の課題-ボローニャ・プロセスの進展状況を中心として-」
     ・ 現在のところ、ボローニャ・プロセスについて最も包括的な紹介
       - ボローニャ・プロセスとEU のリスボン戦略や職業教育領域で進められているコペンハーゲン・プロセスとの関係
       - 2007年開催のロンドン会議までの進行状況
       - そこにみられる日本の改革との相似性の指摘
   - 大場淳(2004)「欧州高等教育圏創造とフランスの対応-新しい学位構造(LMD)の導入を巡って-」
   - 大場淳(2008)「ボローニャ・プロセスとフランスにおける高等教育質保証-高等教育の市場化と大学の自律性拡大の中で-」
   - 大場淳(2009)「ボローニャ・プロセスへの対応(LMD 導入)とプログラム評価-国家学位と学位授与認証をめぐって―」
     ・ 上記3つの論文ではフランス大学改革研究の文脈のもとで、ボローニャ・プロセス全般にも触れる形で、論を展開
   - 大場淳(2005)「欧州における学生の大学運営参加」
     ・ ボローニャ・プロセスにおける学生参加
   - 日本では、近年ボローニャ・プロセスの紹介記事が急増している
     ・ 2005年度から開始された国際学術戦略本部強化事業が影響している
       - 各大学の戦略本部の情報収集活動の一環として、当然のこととしてボローニャ・プロセスが浮かび上っている
     ・ 須田丈夫(2007)「ボローニャ・プロセスの概要」
     ・ 新井早苗(2007)「ボローニャ・プロセス実施における諸問題」
     ・ 新井早苗(2007)「拡大する欧州高等教育圏(EHEA)」
     ・ 世界の高等教育動向リンク集~ボローニャ・プロセス(東京外国語大学国際学術戦略本部)
   - 日本におけるボローニャ・プロセス研究の特徴
     ・ 公式の発表物の紹介が主
     ・ 政策的なインプリケーションの考察についても、その指摘は抽象レベル

 ○アメリカでの研究状況と政策上の関心
   - アーデルマンが、ボローニャ・プロセスについての一連の論考を発表している
     ・ 2007年からボローニャ・プロセスの研究を進めている
     ・ 2008年発表のIHEP(高等教育政策機構;アメリカの非営利の政策立案機関)の政策提言
       - 「ボローニャ・プロセスは我々がほとんど考えもしなかった方法で、我々の高等教育のかかえている難問のいくつかを解くための強力な示唆を提供している」
       - 全国資格枠組(NQF)の構築、クレジットの再定義、ディプロマ・サプリメント導入を、自主的かつ協調的に行うことを提言
       - 提言の基になっている論考
         ・ Adelman(2008)「ボローニャ・クラブ-何をアメリカ高等教育はヨーロッパの改革の10年から学ぶのか」
     ・ 2009年『アメリカからみたボローニャ・プロセス-収斂時代の高等教育の再検討-』を刊行
       - 改革提言発表後に、アメリカ高等教育界でボローニャ・プロセスへの関心が高まったことを記述している

■ ボローニャ・プロセスの目的と担い手

 ○ボローニャ・プロセスの目的と行動指針
   - 日本の視角からみて、研究上、政策上からまず注目すべきこと
     ・ ボローニャ・プロセスの目的、行動指針
   - ボローニャ・プロセスの目的
     ・ 圏内の学生、卒業者、高等教育機関教職員の移動性を促進させる
     ・ 学生に将来のキャリアと民主的社会における主体的市民としての生活を準備し、かつ人間的発達を促進させる
     ・ 民主的原理と学問の自由に基づく、高い質の高等教育への広いアクセスを提供する
   - その目的を達成するための行動指針
     ・ 1999年のボローニャ宣言時
       - 理解と比較可能な学位システムの導入
       - 卒前、卒後の2サイクルを基本とするシステムの実施
       - (ECTSの様な)クレジット・システムの構築
       - 学生、教員、研究者の移動の支援
       - 質保証のヨーロッパ組織の促進
       - ヨーロッパ次元の高等教育の展開
     ・ 2001年のプラハ会で強調されたこと
       - 生涯学習の促進
       - 高等教育機関と学生の関与
       - 世界に対するヨーロッパ高等教育の魅力と競争力の強化
     ・ 2003年のベルリン会議で今後2年間の優先課題として示されたこと
       - 各機関、国、ヨーロッパレベルでの質保証の開発
       - 2サイクル・システムの実施の開始
       - 2005年時点で全学生に自動的に無料でディプロマ・サプリメント(学位証書追補)を提供することを含む、学位と学習期間の認証
       - EHEA(欧州高等教育圏)全般の資格枠組の作成
       - 第3サイクルとしての博士レベルの導入
       - EHEAと欧州研究圏(ERA)との緊密な連携の促進
     ・ 2005年のベルゲン会議で行動指針に加えたもの
       - 社会的次元の強化と移動性の障害の除去
       - ENQA(欧州高等教育質保証協会)報告に提案されているような質保証の基準とガイドラインの履行
       - 全国資格枠組(NQF)の履行
       - ジョイント学位の授与と認証
       - 以前の学習の認証(RPL)手続きを含む、高等教育の柔軟な学習の道筋のための機会の創造
     ・ 2007年
       - ヨーロッパ質保証登記所(EQAR)を設立
         ・ ボローニャ・プロセスで初めての法的組織
         ・ ヨーロッパ高等教育のグローバル戦略の構築が取り決められた
   - 日本における研究での課題
     ・ ボローニャ・プロセスの目的と行動指針をヨーロッパの文脈において客観的に把握する
     ・ その普遍的な意味を見出す
     ・ 日本の政策へのインプリケーションを引き出す
     ・ 機関の区別を越えた、学位プログラム中心の考え方に注目すべき
       - サイクルの設定という形で提起されている

 ○ボローニャ・プロセスの担い手
   - 参加国の増加
     ・ 1998年のソルボンヌ宣言
       - ボローニャ宣言の基本原理を提起
       - フランス、ドイツ、イタリア、イギリスの4ヵ国によって宣言
     ・ 1999年のボローニャ宣言
       - 29ヵ国によって宣言
     ・ 2001年のプラハ会議
       - 33ヵ国となった
       - 欧州委員会(EC)が正式メンバーとして加わった
     ・ 2003年のベルリン会議
       - 40ヵ国となった
     ・ 2005年ベルゲン会議
       - 45ヵ国となった
     ・ 2007年ロンドン会議
       - 46ヵ国となった(モンテネグロがセルビアから独立したため)
   - プロセス全体はEU圏諸国の主導
     ・ 協議メンバー
       - 欧州評議会の存在が際立っている
         ・ 元々のボローニャ・プロセス参加国と他の新規加盟国の橋渡しをしている(Reinalda & Kulesza, 2006)
       - ヨーロッパ大学協会も会議の動向に影響を与えている
         ・ 2年ごとの担当大臣会議に、毎回の様にトレンド(Trends)と称するレポートを提示している
       - ヨーロッパ学生組合
         ・ 2003年のベルリン会議以来、毎回の担当大臣会議に『学生からみたボローニャ・プロセス』を提示し、影響力を行使している(ESU, 2009)
       - その他
   - 参画するためには欧州評議会のヨーロッパ文化協約( European Cultural Convention)の署名国であることが要求される(Bologna Secretariat, 2009)
   - ボローニャ・プロセスには政府の主導を越えた力も働いている
     ・ 主導は政府機関であっても、活動には大学自体の主体的な動きが加わって展開している
     ・ それらの重層的な在り方は、日本の高等教育改革のプロセスがかなり一元的であったことに対して示唆を与える

■ ボローニャ・プロセスの進捗状況
   - 2005年のベルゲン会議以来、ストックテーキング(棚卸し)と称する評価作業を行っている
     ・ 行動指針にかかわる重点課題を指標化
     ・ それらの指標ごとに、域内各国での達成度を5段階で評価
       - ほとんど実現している~ほとんど実現していない
   - 2009年4月のルーベン/ルーヴァン・ラ・ヌーヴ会議(「ルーベン会議」)に提出された評価レポート(Rauhvargers, Dean & Pauwels, 2009)
     ・ 参加国は46ヵ国(ベルギーとUKをそれぞれ2つに分けて、48ヵ国として評価)
     ・ 第1ジャンル「学位システム」
       - 第1と第2サイクルの実現
         ・ ほとんど実現している~ほとんど実現の5段階:31・10・3・3・1
         ・ 域内全体での実現は時間の問題としている
            - 大学教育の中に明確に段階化された学士課程と修士課程を形成しようという試みは、かなりの成果を上げている
         ・ 第1サイクル:アンダーグラデュエート(卒前)
         ・ 第2サイクル:グラデュエート(卒後)
            - 当初のボローニャ宣言では修士プログラムと博士プログラムだったが、その後の扱いでは第2サイクルは修士のこととされた
            - 博士プログラムは2003年のベルリン会議で第3サイクルとして明示されることとなった
       - 第2サイクルへのアクセス
         ・ 42・2・4・0・0
         ・ 大学と大学外高等教育機関の間の壁が相当に取り払われて来ている
       - 全国資格枠組(NQF)の実施
         ・ 6・6・21・6・9
         ・ この行動項目が比較的新しく設定されたこともあって、低い達成割合になっている
         ・ ただし、「ほとんど実現している」の中に高等教育改革に保守的と考えられがちなドイツが入っている
     ・ 第2ジャンル「質保証」は相当な進展が伺える
       - 外部質保証システムの展開
         ・ 16・17・14・1・0
       - 学生の参画
         ・ 19・16・7・4・2
       - 国際的関与
         ・ 16・12・4・14・2
     ・ 第3ジャンル「認証、生涯学習、移動性」は相当な進展が伺える
       - 学位証書追補(DS)の実施
         ・ 26・9・11・0・2
       - リスボン合意(LRC)の実施
         ・ 35・2・5・1・5
         ・ ただし、国としての承認であって、個々の高等教育機関ものではないことに注意
       - 欧州単位互換制度(ECTS)の実施
         ・ 21・18・7・2・0
     ・ もともとシステムの親和性が高い国が高得点になっている可能性がある
       - ただし、親和性が低かったと考えられる大陸諸国でも高得点になっている国もある
       - よって、どのようにボローニャ・プロセスを進めているかという点に注目すべき

■ ボローニャ・プロセス理解の修正
   - 中央教育審議会の答申におけるボローニャ・プロセスの認識
     ・ 2005年1月の答申「我が国の高等教育の将来像」の補論「諸外国の高等教育改革の動向」
       - 記載が不正確という問題がある
         ・ ボローニャ宣言をEUの項目に入れて解説していることが問題(ボローニャ宣言はEU直接のものではない)
         ・ アジア近隣にまで及ぶものであることをイメージできない
           - 2001年にはトルコが、2003年にはロシアが参加している
         ・ ボローニャ・プロセスの重みを認識していない
           - EU域内の学生交流プログラムに過ぎないエラスムス計画と無造作に併記している
         ・ 加盟国数が現状を反映していない
         ・ 「学部と大学院の2段階構造」
           - ヨーロッパの大学に日本式の「学部」と「大学院」は存在しない
           - undergraduate(卒前)とgraduate(卒後)が存在する
           など
       - ボローニャ・プロセスを履行するヨーロッパ各国の改革と日本の改革とが収斂性を持つことに気づかせない内容になっている
       - ボローニャ・プロセスからの我が国の高等教育改革に対する示唆
         ・ 学位プログラムという見方の中で高等教育の再構築を図る
         ・ 政府の主導の下にあっても大学と大学構成員が主体性を発揮する形で実施すべき

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