ホーム → IRなどについての文献メモ → 谷村英洋(2010).大学生の学習時間と学習成果
公開日:2014年12月4日
学習時間は、ある程度客観的に学習行動の量を示す指標。自校の教育がどれだけ学生を引きつけ、学習に導いているかという視点から分析することが可能。ただし、学習時間は学習成果と結びついていることでより大きな意義を持つ。大学生の学習時間の分類は[A:授業や実験などに出席している時間]と [B:授業外で学習する時間]に分けられる。Bは[B1:授業の準備や復習にあてられる時間]と[B2:授業とは関係なく行われる学習の時間] に分けられる。分析では、A・B1・B2と学習成果(専門的成果・汎用的成果)の関係を検証した。検証は学生の専門分野ごとに行った(専門分野ごとに教育課程の特徴があるため;人社系・理工農系・保健系)。学習成果の指標には学生による自己評定を使った。結果、B1に学習成果の種類(専門的成果・汎用的成果)および専門分野の別(人社系・理工農系・保健系)を超えて正の効果が確認された。B2は学習成果の種類(専門的成果・汎用的成果)によって効果の有無が異なっていた。具体的には、専門的成果は人社系でのみB2の正の効果が見られ、汎用的成果は専門分野に関わらずB2が長いほど成果も高くなっていた。
いわゆる「質的転換答申」は、[生涯にわたって学び続ける力と主体的に考える力を持った学生]を育成するために[質を伴った学修時間の増加・確保]が必要としています。そこで、[大学生の学習時間が増加することで、学習成果がよい方向に変化する]ということを示すデータがないかと思い、読んでみました。
特定の学習成果の種類と専門領域の種類という条件付きではありますが、学習時間が増加することで、学習成果が大きくなることが示されていました。当たり前のように聞こえる話ではありますが、データで示されているところに価値があると思います。
また、[学習時間の分類]と[それぞれの分類ごとに学習成果との関係を調べる手法]を知ることができました。現在、業務で学習時間についての調査・分析を行っています。その内容に応用できないか考えてみようと思います。なお、現在行っている調査・分析の方法や他大学での応用可能性については、下記のフォーラムで報告予定です。
http://ump.p.u-tokyo.ac.jp/journal/2010-1/pdf/2010_hidehirotanimura.pdf
○はじめに
・ 学生調査
- 教育および学習の実態や成果を把握・分析し教育の改善をはかる手段として有用(金子,2009;山田,2011)
・ 学習時間
- 学生調査で得られる情報
- ある程度客観的に学習行動の量を示す指標
- 個々の大学で教育を見直すための糸口を提供する変数
・ 自校の教育がどれだけ学生を引きつけ、学習に導いているかという視点から分析することが可能
- ただし、学習成果と結びついていることでより大きな意義を持つ
・ 大学生の学習時間の分類
- [授業や実験などに出席している時間]
- [授業外で学習する時間]
・ [授業の準備や復習にあてられる時間]
・ [授業とは関係なく行われる学習の時間]
○先行研究
・ 学習時間と成績の関係
- 海外
・ 授業内外の合計学習時間が長い学生ほど成績がよいという報告がある(Pace, 1990; Brint & Cantwell, 2008)
- 日本
・ 標準化テスト・成績を用いた研究は少ない
・ 主に学生の主観的な評定を用いた研究が行われている
・ おおむね授業外学習時間が長いほど授業を通じた知識・技能の習得度合いが高くなるという結果(西垣,2008;西垣・矢部,2008)
○分析課題
・ 授業外学習時間を2種類(授業に関連する/しない学習)に分けて検討した分析例は多くない
・ 授業出席時間を考慮した分析も非常に少ない
・ 溝上(2009)
- 授業外学習時間2種類と授業出席時間を全て用いている
- しかし3つの学習時間個々の効果を検証するという点では課題がある
・ 調査対象が特色ある教育の実践校に限定されている
・ 学習時間以外の要因が考慮されていない
・ そこで3つの学習時間個々の効果を検証できる形で分析を行う
- どの学習時間に注目していくことが有効かという示唆が得られるため
・ 学習成果の指標には学生による自己評定を得点化したものを用いる
・ 自己評定として2つを設定した
- 専門分野の知識に関わる学習成果
- いわゆる汎用的知識・技能に関わる学習成果
・ 学生を専門分野ごとに分けて分析を行った
- 専門領域ごとに教育課程の特徴があるため
○データ、分析方法、結果
・ データ
- 「全国大学生調査」を使用した
・ 分野
- 人社系(14,869名)
- 理工農系(6,832名)
- 保健系(3,842名)
・ 分析に使用した学年
- 1~3年生
・ 学習時間の分析
- 定義
・ 授業出席:授業・実験への出席
・ 授業関連学習:授業・実験の課題、準備・復習
・ 自主学習:授業とは関係のない学習
- 1週間あたりの学習時間を尋ねた
- 回答カテゴリー
・ 0時間
・ 1-5時間
・ 6-10時間
・ 11-15時間
・ 16-20時間
・ 21時間-25時間
・ 26-30時間
・ 31時間以上
※ 分析では各カテゴリーを0、3、8、13、18、23、28、33に置き換えて使用した
- 結果
・ 人社系
- 授業出席と関連学習は最も短いが自主学習時間が長い
・ 理工農系
- 関連学習時間は保健系とほぼ同等
・ 保健系
- 授業出席時間と関連学習時間が最も長いが自主学習時間は短かった
・ 学習成果の分析
- 回答カテゴリー
・ 知識・技能に関する授業の効用「役立っていない」から「役立っている」の4段階
- 「専門的成果」と「汎用的成果」の得点を求めた
- 結果
・ 専門的成果(平均値と標準偏差):保健系がとくに高い
- 人社系 2.66(.68)
- 理工農系 2.80(.66)
- 保健系 3.23(.72)
・ 汎用的成果:人社系が高い
- 人社系 2.52(.65)
- 理工農系 2.34(.63)
- 保健系 2.46(.69)
・ 学習時間と学習成果の関係の分析
- 専門的成果・汎用的成果ともに大学での授業経験の効果が大きかった
- 専門的成果
・ 授業出席時間:保健系のみ有意な正の影響
・ 関連学習時間:人社系と理工系でともに有意な正の影響
・ 自主学習時間:人社系のみ有意な正の影響
- 汎用的成果
・ 授業出席時間:保健系で負の影響
・ 関連学習時間・自主学習時間:3分野とも長くなるほど成果が高かった
○考察
・ 学習成果を高める効果が関連学習時間に見られた(授業出席時間には見られなかった)
- 解釈
・ 積極的な学習によってこそ学習成果はより高まる
・ そのような学習に使われた時間をより明確に反映した学習時間こそが学習成果の高低と有意に関連する
・ 授業出席時間は[積極的に学習の意思を持ち続けている時間]とは限らない
・ 関連学習時間は学生本人の学習する意思が働いている時間と考えられる
- 非拘束的な環境・場面での学習に費やされた時間であるため
・ 専門的成果では自主学習時間は人社系でしか有意な効果をもたない
- 解釈
・ 理工農系・保健系分野では学習内容が直接的に結びつけられた関連学習の重要度が高い
- 自主学習ではない
・ 汎用的成果では3分野とも自主学習の有意な効果が確認された
- 解釈
・ 自主的探究志向の強い学生は授業をきっかけとして学習を深く展開
・ 幅広い知識や視野の獲得といった汎用的成果を高めていると考えらえる
・ 保健系で見られた特異な傾向
- 専門的成果(自主学習時間が有意ではなかった)についての解釈
・ 教育課程上の特性と学生の意識・行動上の特性が影響している
- 教育課程上の特性:専門教育の開始が早い、系統性を重視
- 学生の意識・行動上の特性:国家資格取得の道程あるいは就業準備であることを念頭に置いている
・ 授業外での学習の量よりも授業中の学習量がある種の主観的学習成果を直接的に規定する場合がありうる
- 汎用的成果(授業出席時間が有意な負の効果)についての解釈
・ 授業の基本は専門知識の伝達を重視する講義だと推測される
・ 授業に多く拘束される学生が汎用的成果に低い評定を行う
・ 結果から導かれる一般的な含意
- 学習成果を予測しうる変数としてまず重要なのは、授業外で行われる授業のための学習の時間
・ 授業で扱われている内容に学生自身が積極的に向き合い、取り組む時間
・ その時間を伸ばしていくことで専門的成果と汎用的成果の両方の向上が期待できる
・ 今後、知見の蓄積が望まれること
- 関連学習時間の規定要因を明らかにする
- 関連学習時間を伸ばす方策
- より成果に結びつきやすい関連学習のあり方 など
- 学生の自主的な学習も、授業を介して学習成果につながる場合がありうる
・ しかし教員が直接的に促すことは容易ではない
- 関連学習とは異なる
・ 自主学習にも利用できるような学習施設や相談窓口などの整備が期待される
- 1日あたり平均1~2時間にとどまっている関連学習を積極的に促していくことが学習成果を高める上で有効(人社系・理農工系)
・ 授業出席時間は、学習成果の高低と明確な関連性がみられなかった
- 学習時間、学習成果、および両者の関係を論じる際には、専門分野という文脈に十分な配慮を行っていくことが必要
・ 今回の結果では保健系の独自性が際立っていた
○まとめと課題
・ 授業出席・授業関連学習・自主学習が、学習成果とどのように関連しているかを分析した
・ 授業関連学習時間には学習成果の種類および専門分野の別を超えて正の効果が確認された
・ 一般的には長時間の授業出席が、学習成果を高める要因になってはいないと考えられる
- 授業出席時間に正の効果がみられたのは、保健系の専門的成果に対してのみ
- また保健系では、汎用的成果に対しては授業出席時間に負の効果があった
・ 自主学習時間は学習成果によって効果の有無が異なっていた
- 専門的成果
・ 人社系でのみ正の効果
・ 理工系と保健系では有意な効果はなかった
- 汎用的成果
・ 専門分野に関わらず自主学習時間が長いほど成果は高くなっていた
・ 以上のような結果に対して、各学習時間の性格、専門分野の教育特性といった観点から考察を加えた
・ 本論の限界と課題
- 教育改善のためにより有益な情報をもたらす学習成果指標がどのようなものであるかは自明ではない
・ 本論の知見は学習成果指標が異なると変わる可能性がある
- 3つの学習時間が相互に完全に独立しているとは本来考えられない
・ それらの連関の解明が課題